専業主婦からの脱皮 :ノンフィクション・ドキュメンタリー

第1章 あなた! 今が一番いい時よ!

又吉 ちさと / 文+企画

長かった専業主婦から足を洗ったのは、約四年前のこと。

現在高校一年生の娘と小学五年生の息子は、当時小学六年生と小学一年生でした。

考えてみれば十年以上もの長い年月を、家庭と言う小さな社会の中で過ごしてきた私。

当時は本当に専業主婦に”ド”がつくくらい?どっぷりと家庭に漬かっていた状態。

例えると、そうだな?

あの”クレヨンしんちゃん”のママ、みさえみたいな感じかな。

三食昼寝付きのお気楽な・・・まあ、もうちょっとは知的だったかも・・・いや、やっぱり大した差はないかな。

いずれにしても、”クレヨンしんちゃんのママ、みさえ。 そう”みさえ”に”ケ”が生えた感じ(どんな感じだ!)を想像していただければいいでしょう。

それがどうして足を洗うことになったかと言うと、何て事はありません。

生活がちょっと大変になってきたから。

もともとずっと専業主婦をしていたかった訳ではなくて、ゆくゆく働きたいとは思っていました。

出来ればかっこよく、ファッション雑誌なんかを飾っている”ワーキングマザー”のように。

理想の自分は、妄想の世界でどんどんと一人歩きをしてゆく・・・

バーチャルワールドでの私は、仕立ての良いスーツに身を包んでハイヒールをならしながら街中をかっ歩する。 次第にバーチャルの私は進化してゆく・・・

そうして気が付けばその八頭身のハンサムウーマンは、もはや私ではなくなっているわけなのです。

まったくね、いい年して何を妄想しているのやら、困ったものです。

でもそんなにもかっこいいキャリアウーマンに憧れていたなら、もっと専業主婦の時に努力していれば良かったもののね。

なんせ現実の私はただの怠け者、おまけにかなりの無精者。

だから、このままじゃまずい!って思いながらも時ばかりが過ぎていったのでした。

何か始めても結局三日坊主で終わってしまって、情けない私でありました。 そんな状態だからいつもどこか焦っていたような、気持ちがあさっての方角を向いていたようなそんな状態だったわけです。 いつもどこかで(何とかしなきゃ、何かしなきゃ)ってね。

もし今ね、当時の私に会いに行けたらこう言うだろうな。

「こらっ! もっとちゃんと足元を見て。  焦る気持ちは分かるけど、今は目の前の事にもっと一生懸命になりなさい。 可愛い子供は今だけの特権なんだからねっ」っとね。

もちろん子供達は可愛かったし、幸せだって思っていたし、楽しい事もたくさんたくさんありました。

でもね、悲しいかな。

子供は日々成長しているのに、自分の成長は実感出来なくてね。 むしろ日々退化しているような気さえしてね。

ほら、子育ては目に見える"資格”とか"スキル”とかじゃないでしょう。 そういった目に見える何かが、必要だと思っていたんでしょうね、当時の私。

子育てを通して得られる経験、思い、喜び・・・そういったものがどんなに人を成長させてくれるのか・・・

当時の私には考えられなかったんですね。

それも”若気の至り”でしょうか。

今だったらもっと全身全霊で子育てしただろうに。

そういえば子供達が小さい頃、ベビーカーに乗せて買い物なんかしていると、よく年配のオバちゃんが近寄ってきてね。 そうして娘、息子を見て必ずこんな風に言いました。

「あらー! 可愛いわねぇー。あなた! 今が一番いい時よ!」

当時新米ママの私は、その言葉を聴く度に不思議に思ったものでした。 (えー、なんでぇ。こんなに大変なのに。早く大きくなって楽になりたいもんだわぁ)とね。

家にいても外にいても泣いたりぐずったりおんぶに抱っこ、気が休まる暇がない。 一日でも早く大きくなってこっちは楽したいよぉ。

だけど今ならようく解る、そのオバちゃん達が言った言葉の意味が。

体力的には大変だったけれど、素晴らしかったあの日々。 あの陽だまりの様な、かけがえのない時間。

今は・・・確かに体力的には楽にはなったけど、成長した子供達に当時のあのホンワカとした感覚はないものな。

我が子ながら分からなくなる時が多々あるし、難しいし。

親ってのも楽じゃないなってよく思います。

今でも戻れるものなら一日でいいから、あの時に帰ってみたい・・・ そうしたらもう無条件に子供を抱っこして「よしよし」ってしてあげて、うんとうんと可愛がってあげるのに・・・ うんと濃い子育ての時間を過ごすだろうに・・・ なんであの頃あんなに些細な事に目くじら立てて、イライラしていたのかな。

おそらくあの時のオバちゃんたちも、同じような万感の思いに駆られたのだろう。

いつの時代も人って同じ思いを通過してゆくものなのかもね。 おもしろいね、人って。

だから、私も街中で小さな子供を乗っけたベビーカーに出くわすと、思わず駆け寄りたい衝動にかられてしまうのです。

過ぎ去った子供達との甘美な蜜月生活を思い出すように・・・

もう決して戻ってこない貴重な時間を取り戻すかのように・・・

そして、心の中で若い新米ママ達にそっとエールを送るのです。

「あなた! 今が一番いい時よ!」

第2章へつづく・・・

→ 第2章:穴があったら入りたくなるくらい恥ずかしくも情けない話 →